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20040309

チャーミングな民主党大統領候補

アメリカは2大政党制と言うが、1860年の大統領選挙で共和党が結成されて以後、1932年までの72年間の間に、民主党がホワイトハウスを支配したのは16年しかない。全体の約8割の期間は共和党が与党であり続けたのである。
民主党は議会や地方政治で多数党、あるいは与党であることも多かったから、一概に万年野党呼ばわりしてその影響力を過小評価することは出来ないが、少なくとも、大統領職から長年、排除され続けてきたのは結果的事実である。
そういう意味では、1932年までアメリカは2大政党制と言うよりは1・5大政党制だったと言うべきで、民主党がかろうじて獲得した4期16年にしても、民主党が勝ったと言うよりは共和党が負けたというべき政治的状況があった。
1884年と、一期おいて1892年の大統領選挙を制したグローヴァー・クリーヴランドの場合は、グラント以後の4代の大統領たちが産業資本家と結託し、腐敗しきっていたことへの批判が高まったことが勝利の最大の要因だった(南北戦争以後の共和党の腐敗と経済の発展期を the Gilded Age“金ぴか時代”と呼ぶ)。
1912年の大統領選挙を民主党のウッドロウ・ウィルソンが制したのは、共和党が現大統領のタフト派と前大統領のルーズヴェルト派に分裂したためであり、完全に漁夫の利である。
1932年の大統領選挙で、フランクリン・D・ルーズヴェルトが当選出来たのも、当初は共和党のフーヴァー大統領がおりからの大恐慌に余りにも無策だったため、その批判票を結集したからだったが、ルーズヴェルトはニューディール政策を掲げて、民主党にとっては強固な支持基盤となる、弱者連合とも言うべき「ニューディール連合」を築くことに成功した。
1932年を境にして民主党は大きく躍進を遂げ、以後、5期20年連続して民主党はホワイトハウスに君臨することになる。アメリカの政治状況を2大政党制と呼ぶならば、それは少なくとも1932年以後のことでなければならない。
戦後、1948年以後の大統領選挙を見れば次のようになる(先に記した方が勝者)。
1948 民主党トルーマン 共和党デューイ
1952 共和党アイゼンハワー 民主党スティーヴンソン
1956 共和党アイゼンハワー 民主党スティーヴンソン
1960 民主党ケネディ 共和党ニクソン
1964 民主党ジョンソン 共和党ゴールドウォーター
1968 共和党ニクソン 民主党ハンフリー
1972 共和党ニクソン 民主党マクガヴァン
1976 民主党カーター 共和党フォード
1980 共和党レーガン 民主党カーター
1984 共和党レーガン 民主党モンデール
1988 共和党ブッシュ・シニア 民主党デュカキス
1992 民主党クリントン 共和党ブッシュ・シニア
1996 民主党クリントン 共和党ドール
2000 共和党ブッシュ・ジュニア 民主党ゴア
と言う結果であり、14戦中、共和党が8勝していて優勢である。とは言え、6回は民主党が勝っているので、1932年以前からすれば勝率はかなり上がってきている。そうは言っても、1968年以後に限定すれば9回のうち、6回は共和党がとっているので、共和党は「与党癖」が強く、民主党は「野党癖」が強い傾向にあるとは言えるだろう。
そのため、共和党は順当に体制内でキャリアを固めていく人物が大統領候補になる例が多く、民主党は逆に、一発逆転的なカリスマ性が強い人物が大統領候補に選出されるケースが多い。
民主党の大統領に、チャーミングな人物が多いのもそのあたりが理由だろう。1996年の共和党のドール候補などは、気の毒なほどカリスマ性がない人物だった。党内政治、あるいは党内事情の結果、ああいう人物がキャリアを積み重ねてのしあがってくるところが共和党の手堅さでもあり、また、面白みにかけるところだ。
そういう共和党の歴代大統領の中で例外的にカリスマ性があった人物として、レーガンが挙げられる。彼もまた、保守本流からはずれたところから「ぽっと」出てきたのだが、従来的な保守本流の定義からは大きく外れるブッシュ現大統領が、自らをレーガンに重ね合わせようとしているのもそういう意味では不思議はないのだろう。
ただし、レーガンとブッシュ・ジュニアでは「役者」としての器量がまるで違うが。



| | Permalink | 2004 log
http://d.hatena.ne.jp/iteau/20080430/p1


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