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20040401

正義と奴隷と保険と

明白に正当な報復でない限り、残虐な行為を可能な限り最大限避けたほうがいいというのは、何も道徳心のみが支持する考えではない。
南京大虐殺や、731部隊の所業のために現在の日本人がどれほどの歴史的負荷を負うているかを考えれば、それが政治的・経済的合理に合致する考えであることは明白になる。
ノーム・チョムスキーは日本の南京大虐殺を非難する。もちろん、それは非難されてしかるべき行為である。しかし彼が、それに関する補償について言及する場合、私たちはまた別の問題を彼に突きつけることも出来る。
虐殺と強奪によって成立したアメリカ合衆国において、その侵略者たる白人の子孫であるということ、そのものが悪の証明ではないのか?と。少なくとも、今現在、日本軍が南京に存在しているわけではない。
しかし侵略者たるアメリカ白人は今もなお、アメリカに存在しているのではないか?
彼らはいかなる補償をなしてきたのだろうか。そもそもそれは補償できるような問題なのか。問題をもしクリアに解決しようとすれば、本来は原状回復してこそ、それがなされたと言うべきだが、では祖先の罪を償うために、チョムスキーにこの世界から消滅する覚悟があるのだろうか。
欧米の白人社会が、敗戦以来、日本が突きつけられている歴史的原罪の問題に直面せずにいるのは、単に彼らがマジョリティということに由来する。そのマジョリティさは、問題そのものを意識せずに済むほど、強固な支配力を誇っている。問題意識がないところには問題は存在しない。
しかし、問題意識は作り出すことが出来る。
ヨーロッパの犯罪について、マイノリティが問題を訴えたはじめた時、どれほどのカオスが引き起こされるだろうか。旧植民地諸国がそれを言い出したところで、宗主国は政治的・経済的圧力とともに無視することが出来る。
しかしそれぞれの国内において、黒人やヒスパニック、あるいはアラブ系の人たちがそうした声を上げたならば、これを無視することは難しい。事実として虐殺があり、収奪があったのだから、もし、今現在の政府がそれを悪だと見なすならば、歴史的事実は避けては通れない。
英国人もいつまでも「俺たちは海賊の子孫だぞ、ヤッホー」とパブで気炎を上げるわけにはいかないだろう。海賊の子孫であることを誇るならば、他人から同様の行為をなされたとしても少なくとも道義的には非難する資格がないはずである。
BBC NEWS では、アメリカ黒人奴隷の子孫たちが、奴隷貿易への関与を巡ってロイズを訴えたと伝えている。
アメリカの保険会社エトナはすでに、奴隷貿易への関与について謝罪しているが、補償にまでは到っていない。アメリカの裁判所は今のところ、「現在の奴隷の子孫が、奴隷当人の“痛み”を継承しない」との見解に立っているが、例えば補償請求権を資産と見なした場合、それを子孫が継承するというのは合理的な判断である。一方で白人たちはいつまでも負の遺産を継承し続ける。
ロイズを訴えた原告団は、DNA鑑定によって奴隷と自分たちとの血縁関係を証明できると主張している。
第2次世界大戦において、ユダヤ人が受けた痛みについて、ドイツやスイスは補償している。ならば、やはり同じような痛みを受けたアメリカ黒人が補償を受けられないという論理にはならない。
チョムスキーには当然、その補償のために私財を投げ打つ用意があるのだろう。



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