log1989
index about link bbs mail


20080513

貴賎結婚

ヨーロッパの王族において、貴賎結婚とは、王族以外の者と結婚することである。この場合の王族とは君主の一族ということであって、称号はさして重要ではない(格の違いはあるが)。公爵であっても、独立した君主としての公爵、王族でもある公爵であるならば、王族と結婚しても貴賎結婚にはならないが、単なる貴族である公爵では貴賎結婚になる。
ヨーロッパの王族の歴史で、「貴賎結婚を批判された」と言うような場合、ほとんどが王族と貴族との結婚であって、王族と平民との結婚ではない。
「身分卑しい」と評されていても、大抵は貴族の子女なのであって、臣下と結婚することが問題視されたのである。

21世紀の現在、100年前とヨーロッパの地図は大きく変わった。まず、国の数自体が100年前は少ない。共和国はフランス、スイスだけであって、他はすべて君主国だった。
今では、かつての帝国は崩壊し、幾つかの国々に分かれ、共和国が半分以上を占める。
このような状況では、従来のような、国境を越えての王族同士の結婚はほとんど見られなくなった。貴族との結婚さえ少なくなり、平民との結婚が当たり前になっている。
ざっと英国のここ数代の状況を見てみよう。
黒字が平民出身者、赤字が貴族出身者、水色字が王族出身者、青字が君主の子女もしくは君主である。

【エリザベス2世女王の子女の結婚相手】
チャールズ皇太子妃(コーンウォール公妃)カミラ
チャールズ皇太子妃(ウェールズ公妃)ダイアナ
アンドリュー王子妃ヨーク公妃セーラ
エドワード王子妃ウェセックス伯爵夫人ソフィー
アン王女夫君マーク・フィリップス大尉
アン王女夫君ティモシー・ローレンス海軍大尉
【ジョージ6世の子女の結婚相手】
エリザベス2世女王夫君エディンバラ公フィリップ
マーガレット王女夫君アンソニー・アームストロング・ジョーンズ(結婚後、叙爵されスノウドン伯爵)
【ジョージ5世の子女の結婚相手】
エドワード王子妃ウィンザー公妃ウォリス
ジョージ6世王妃エリザベス・バウズ・ライアン
メアリー王女夫君第6代ヘアウッド伯爵
ヘンリー王子妃グロスター公妃アリス・クリスタベル・モンタギュー=ダグラス=スコット
ジョージ王子妃ケント公妃マリナ・オヴ・グリース
【エドワード7世の子女の結婚相手】
ジョージ5世妃メアリー・オヴ・テック
ルイーズ王女夫君ファイフ公
モード王女夫君ノルウェー王ホーコン7世
【ヴィクトリア女王の子女の結婚相手】
ヴィクトリア王女夫君ドイツ皇帝フリードリヒ3世
エドワード7世妃アレクサンドラ・オヴ・デンマーク
アリス王女夫君ヘッセン大公ルートヴィヒ4世
アルフレッド王子妃ザクセン・コーブルク・ゴータ公妃マリア(ロシア皇帝アレクサンドル2世の皇女)
ヘレナ王女夫君シュレースヴィヒ=ホルシュタイン公子フリードリヒ・クリスティアン・カール
ルイーズ王女夫君アーガイル公ジョン・ダグラス・サザーランド・キャンベル
アーサー王子妃コンノート公妃ルイーズ・オヴ・プロイセン(プロイセン王族)
レオポルト王子妃オールバニー公妃ヘレナ(ヴァルデック・ピルモント侯女)
ベアトリス王女夫君バッテンベルク公ハインリヒ

英国を例に示したが、他国でも同じようなもので、代が下がるにつれ「貴賎結婚」の度合いが大きくなっている。
20世紀初期までは君主の子女同士が直接通婚する例も見られたが、ほとんど見られなくなり、かわって傍系の王族との通婚が増え、それが更に貴族の子女に置き換えられ、更には平民との結婚が一般化している。
やはり直系の継承ラインにいる王族の結婚相手は、それなりに家格が重視されていて、代が下るにつれ「軽く」はなっているものの、チャールズ皇太子は初婚時には平民ではなく貴族の娘であるダイアナを結婚相手に選んでいる。
エドワード8世は、アメリカ人ウォリス・シンプソンとの結婚を貫くために、王位を捨てなければならなかったが、彼の姪の子の代には、ほとんどが平民と結婚しており、変化が急激であったことを物語っている。
エリザベス2世の妹、マーガレット王女は、離婚歴のあるタウンゼント大佐と恋仲になり、結婚を考えるまでになったが、相手側の離婚歴が問題視されて、破談とせざるを得なかった。
現在では、離婚歴のあるコーンウォール公爵夫人カミラが皇太子の妻に収まっている。
マーガレット王女といえば、アームストロング・ジョーンズ氏と結婚したのだが、身分を釣り合わせるために、アームストロング・ジョーンズ氏にはスノウドン伯爵位が叙爵されている。
しかし女王の娘のアン王女が平民であるフィリップス大尉、ローレンス大尉と結婚しても、両者は叙爵されていない。
特に、フィリップス大尉の息子と娘は女王夫妻にとってそれぞれ初めての男女の孫であるにもかかわらず、爵位は授与されていない。
これも1960年代より徐々に浸透してきた英国の脱貴族社会化、民主化路線の一環であろう。



| | Permalink | 2008 log


inserted by FC2 system