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20080520

パックス・アメリカーナの終焉

西ローマ帝国では時々、皇帝が空位になることがあったから、奇しくも建国王と同じ名を持つロムルス・アウグストゥス帝が廃位に追い込まれた時、誰もこれが西ローマ帝国の終焉となろうとは思っていなかっただろう。
1453年にオスマンのメフメト2世によってコンスタンティノープルが陥落させられ、ビザンティン皇帝コンスタンティノス11世の遺体が晒された時も、西欧ではこれがローマ帝国の名実ともなる終焉であるとは捉えられていなかったに違いない。
ビザンティンは滅んでは再興して、を繰り返していたのだから。
このようなけじめのない幕切れは、スキピオ・エミリアヌスがそれを知ったならば、いったいどういうのだろうか。炎上、煙くすぶるカルタゴを見下ろしながら、「ローマもいつかはこうなる」と言った古代の智将は。
ローマにはカルタゴのような劇的な最期が与えられなかった一方、永遠の都として今も都市としては健在である。
人々は日々を生き、子を産み、育てながら、ふと遠い歴史を思い浮かべ、あの時が帝国の終焉だったのだとようやく気づくのだ。
パックス・アメリカーナもそのようなものであるのかも知れない。
私たちはもう、アメリカの時代の終焉後に生きているのかも知れない。

過剰適応という言葉がある。環境に適応し、繁栄しながら、適応ゆえに環境の変化を乗り越えられずに絶滅することだ。
かつてこの星で繁栄を誇った生き物たち、哺乳類型爬虫類、恐竜類、恐鳥類、超大型哺乳類たちは彼らの成功ゆえに次の時代へ生き延びることができなかった。
生き延びることが出来た者は、より小さな者、より成功していない者、より原始的な者たちだった。
いずれは人類も、とここで陳腐な感慨は言わぬようにしよう。
人類はミームによって進化をする唯一の生物であり、これまで生きた生物とは明らかに隔絶した存在である。スノーボールアースのような現象が再び起きても、恐竜絶滅を引き起こした程度の隕石の落下があっても、多くの人類は死ぬだろうが、絶滅まではしないだろう。
私たちは過剰適応しない能力によって適応してきた唯一の生物なのだから。
もちろん、より甚だしい隕石の落下があり、地表がめくりあがり、大地がどろどろに溶けることはあり得る。そこまでなれば、現在においてはもちろん人類とても絶滅するだろう。
しかし数世紀のうちに宇宙へ進出していけば、人類は更なる進化をとげるだろう。
だが、今日はそうした人類の未来の話ではない。国の歴史もまた、生物の歴史に似ている。古代文明の崩壊は文明が文明であることによって、自然を破壊し、文明であることに過剰適応した結果もたらされてきた。
今ここにある状況が、未来永劫続くのだと誤認した者たちはことごとく滅びてきた。そして誤認しなかった者はほとんどいなかったのだ。
第二次世界大戦の世界秩序、パックス・アメリカーナに最も適応してきたのはもちろんアメリカ合衆国である。アメリカはそこから利益を引き出してきた。
アメリカはアメリカ以外の国であれば絶対に出来ないやり方で豊かな生活を享受してきた。
アメリカ以外の国であればそもそも出来ないのだが、出来たとしても破滅という形で必ず修正を受けるやり方である。
アメリカは膨大な財政赤字を抱えている。これは本来、まかなえる生活よりも、過剰に豊かな生活を国民が享受しているということだ。
経済学は複雑だが、その基本的な構図はおどろくほど単純だ。本来、無い袖は振れないのだ。
アメリカはこの矛盾を国債を発行することで解消してきた。当然、膨大な赤字国債が累積してゆくが、これを外国政府が買う。彼らは余剰の外貨を遊ばせておくわけにはいかないからだ。彼らが余剰な外貨を持つのは貿易黒字が膨大になるからである。なぜ貿易黒字がたまるのかといえば、アメリカが買うからだ。本来、そうなればアメリカは膨大な貿易赤字を抱え、外貨不足に陥り、決済が出来なくなるので、貿易赤字は解消されてゆくが(国民の生活水準の低下という形で)、アメリカのドルは基軸通貨なので、外貨での決済をせずにドルを刷ればいいだけのことである。
これがつまり、パックス・アメリカーナの本質である。
ドルが基軸通貨であるということだ。
この流れが破綻する要因としてはふたつのことが考えられる。
第一にドルがほぼ唯一の基軸通貨でなくなること。そうなれば、貿易黒字の担保を持たないドルではなく他の選択肢が生じ、そのことが、ドルの基軸通貨性を崩壊させる。
第二に、アメリカが主要な貿易相手国ではなくなること。アメリカを経由しない域内貿易の比率が高まれば、外貨としてドルを獲得する程度が低くなり、それをアメリカ国債に変える理由もなくなる。
どちらも徐々に起こりつつあることだ。
アメリカは既に中国を敵とすることは出来ない。もちろん中国の存在自体がアメリカにとって脅威である。しかしアメリカが中国の崩壊をしかけるならば、それよりも先にアメリカが崩壊するだろう。
中国が国債を買わないことによって。それはもちろん中国にとってもドル資産の事実上の瓦解という以上に市場と技術提供先の崩壊を意味し、どのみち無事ではいられない。
しかしEUや中国が国内での需要を高め、域内貿易に依存を強めれば、アメリカが崩壊しても生き延びる余地は広がる。
アメリカにとって中国は絶対必要だが、中国にとってはアメリカはまあまあ必要な程度なのだ。
アメリカ政府、アメリカ通貨当局が自国の金融、経済をこれほど、脆弱な状況に誘導したことは未来から見れば驚くべき愚策であった、と評されるだろう。
もちろん、仮に経済崩壊したとしても、アメリカには強大な軍事力があり、高い技術力があり、豊かな天然資源がある。
ロシアでさえ復活したことを思えば、アメリカは必ずや廃墟の中から立ち上がる国である。
しかし立ち上がったとしても、もはやそこにはパックス・アメリカーナはないのだ。
アメリカは今後数世紀に及び、世界の主要なプレイヤーではあり続けるだろう。しかしルーラーではない。アメリカはプレイヤーであるべきだったのに、ルーラーとして振る舞い、結果として自国を危険な状況に導いた。特に、この20年は、アメリカは世界として振舞うという愚を冒した。結果として国民経済を瀕死の瀬戸際に追い込んでいる。
アメリカはヒトラーの呼んだ、国際ユダヤ人の国であるかのようで土くれの国家であることを忘れた。国力の基盤となり、国民の多くを養う製造業を、自らの政策で死に追いやった。
アメリカの指導者たちはアメリカ人である前に資本家であり過ぎた。
そのことに早晩気づかざるを得ないだろう。



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