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20080518

世界政府の萌芽

アメリカ合衆国の相対的な影響力の低下は次第に明らかになりつつあり、世界は一極化するのではなく、むしろ多極化しつつある。
ブッシュ・クリントン・ブッシュの時代、つまり冷戦後の新世界秩序形成期にアメリカは幾つかの外交的な失敗を行った。その最たるものがイラク戦争で、人的損失にアメリカが耐えられない国であることが明らかになり、アメリカの力の限界が明瞭になった。
ウィルソニズムのような外交政策は、通常の国であればそれを採用することを考慮するのさえあり得ない様な、レアルポリティークに負担をかける政策であるが、外交政策がしばしば内政の延長であり、またそうであることが程度として許容されるような大国の場合、アメリカに限らず、ウィルソニズム的な外交政策を採ることがある。
しかしやはり構造上の負荷をかけるには違いなく、そのダメージがイラク戦争後、一気に噴出した形である。
80年代から続く、アメリカの巨額な貿易収支の赤字、財政上の赤字は、経済学上の未知の領域に踏み込んでいる。こうした現象の非破滅性が単にドルの基軸通貨性に由来しているのだとすれば、非常に脆弱な基盤の上にアメリカ経済は置かれていることになる。
ドルの基軸通貨性が欠片でも揺らいだ時、いったい何が起きるのか。
多極的な世界が経済にも及んだ時に、アメリカの世界性も急激に揺らぐことになるだろう。
ジョージ・ブッシュ・シニアは地上軍の展開というアメリカの伝家の宝刀を抜いてしまった。もともとアメリカ陸軍はそれほど目を見張るほどの戦果を上げてきたわけではない。アメリカは海軍力、そして空軍力の圧倒的な優位において敵戦力を叩き、そのうえで陸軍を投入するという戦略をこれまでとってきた。
空軍力で叩き潰しきれないゲリラ戦が展開された時、アメリカ陸軍は最強の名に値する戦果をあげてきたわけではない。もちろんアメリカが戦場になるようなことがあれば、アメリカ陸軍は圧倒的な抵抗力を見せるだろう。しかしそれが外国においても同様の行動を示せることを意味するものではない。
伝家の宝刀は抜かないことに意味がある。抜いてしまえばいかなる宝刀であっても不完全な姿を晒すだけだからだ。
ブッシュ・ジュニアはその宝刀を抜いてしまった。その結果が、北朝鮮やベネズエラなどの反米勢力の活動の活発化であり、アメリカの限界を見抜いた諸国、タイやマレーシアの明白な離反につながっている。
先日、捕鯨問題で私から見ればいささか過激に見える捕鯨反対主義者のアメリカ人とやりあった時、その人物は日本への報復をしきりに言った。アメリカが僅かに、日本製商品を市場から締め出すだけで、日本経済は崩壊すると思い込んでいるのだ。
まず第一にWTO秩序の中で複雑に絡み合った貿易政策においてはそんなことはできない。第二に、それをしたところで日本経済は致命的な損失を受けない。第三に、損失はむしろアメリカにとって大きいものになる(その人物はトヨタやホンダの自動車の販売禁止を言ったのだが、北米市場用の乗用車の多くがアメリカ合衆国で生産されていることは知らなかった)。すでに日米貿易よりも日中貿易の方が巨大なものになっているし、日本経済の貿易依存度も非常に低い水準になっている。
一般のアメリカ人のこうした自国に対する過大評価は、この先、どれほど続くのだろうか。アメリカの相対的な没落はもはや明らかであるのに、アメリカ人だけがむかしの夢をいまだに貪っている。
とはいえ、多くの点でアメリカと利害を一致させる日本にとって、アメリカのだらだらとした影響力の低下は必ずしも好ましいことではない。
すでにタイの離反は日本にとっても、中国勢力の東南アジアへの拡張という潜在的に無視できない危険を増大させている。
マラッカが中国のものにならずとも、これまでのように外交的に安定した環境が期待できないようになれば、日本はシーレーンの安全において重大な危機に直面することになる。
アメリカが過去の栄光の夢を引きずっているのは日本にとっては二重に危険である。第一に、それは外交的に不安定な状況を加速させるという点において。第二に、そうした状況に有効な対策をほどこせないという点において。
アメリカはいまだに80年代のような気分で部分的にはいるが、アメリカはタイやマレーシア、そして韓国に対して、非公式的な報復を行うべきなのだが、そのような外交方針さえまだ固まっていないように見える。

アメリカのクリントン政権は先進国首脳会議への、ロシアの正式参加を後押ししたが、先進国首脳会議の位置づけ、アメリカにとっての外交資産としてのそれという側面から見ればこれは明らかに誤った政策だった。
主に経済会議として始まったサミットだが、1983年のウィリアムズバーグ・サミットではっきりと西側主要国の政治的、外交的結束を維持する意味が付された。
ミッテランとレーガンの反目など、内部ではもちろん対立はあったのだが、この結束が維持できていればこそ、その後に続くソ連の崩壊に際して西側先進国は外交的な混乱もなく、適切に対処できたのだ。
クリントンはロシアの民主化を加速させるつもりだったのだろうが、結果的にサミットに異質なロシアなる存在を招きいれ、この結束を弱体化させた。
今後のサミットとしてはふたつの方向性が考えられる。
ロシアのみならず、中国、インド、ブラジルなどの次世代の大国を招きいれ、世界政府化を促すこと。今回の洞爺湖サミットではフランスがこれを主張した。
対してアメリカは、従来の「西側先進国」の枠組みを守りたい意向を示したが(日本政府ももちろんそうである)、既にロシアが入っており、EU統合の進展もあり、将来的には難しい。
結果としてサミットを多極化させることにつながったサミットへのロシアの加入だが、これは本来、アメリカの一極支配をロシアに及ぼすという逆のベクトルを目的としていた。
その発想がまさしく、アメリカの弱体化をアメリカがしっかりと認識していないことによって生じる弊害なのである。
21世紀において、おそらく22世紀においてもアメリカは大国であり続けるだろうが、冷戦期にあったようなほぼ絶対的な超大国としての指導力はもはやない。アメリカ自身はあると思っている。愚かしいことだ。
アメリカはごく有力な列強のひとつとして、新たなるレアルポリティークを基盤にした外交秩序を構築するべきなのだ。
アメリカは先進国の中ではEUという比較的対等な挑戦者を迎えるという新たな局面にある。ユーロは近未来的には唯一、ドルから基軸通貨の地位を奪えるかもしれない通貨であり、アメリカ経済の基盤がドルの基軸通貨性に大きく依存している以上、アメリカの経済覇権とそれに基づくこれまでの世界経済秩序を崩壊させる潜在的な力を持っている。
もちろんすでにドル資産を保有している国々はアメリカ経済の急激な落ち込みは望まないにしても、徐々にユーロへ外貨資産をシフトしてゆくことで、アメリカ財政を非常に危険な局面にたたせることはあり得ることだ。
その時にあっても、日本はアメリカにつく。
日本とアメリカの利益は一致しているし、そうした多極化すればするほど日本にとってのアメリカは重要になってゆく。
中国政府と中国人は必ずしも理性的な行動をとらないことはこれまでの例からも明らかだし、中国の脅威は更に強まってゆく。日本が自由と独立を保つことを前提にするならば、実際のところ他に選択肢はない。
アメリカにとって中国が潜在的な脅威であり主要な対抗者であるならば、EUにとって中国は味方である。ロシアがEUにとって脅威であるならば、ロシアは日本とアメリカにとって構造的な同盟国となり得る存在である。
EU+中国vs日本+ロシア+アメリカ、というのがこれからの世界の基本的な対立関係になり、先進国首脳会議の枠組みや、上海協力機構、NATOのような従来型の枠組みがいまだあるにせよ、それらはすでにレアルポリティークの基盤を失っている。
意義があるとすれば、それは異質かつ複数の「枢軸」間での対話の場としての意味だけである。世界的な問題、事実上の世界政府としての役割はそうした機関が担ってゆくことになるだろう。
一方、アメリカはすでにそうした従来型の機関が歴史的な役割を負え、意味を変えつつあることに気づくべきであり、アメリカ陣営のレアルポリティークに根ざした同盟機構の構築を急ぐべき時にきている。
サミットにそうしたものを期待すればこそ、ウィリアムズバーグの頃のような役割を求めて、「西側先進国」の枠組み維持を欲するのだろうが、アメリカがはっきりと認識しなければならないことは、EU、つまりドイツやフランスはもはや潜在的に敵であるということだ。英国がどちらにつくかははっきりとはしないが、このまま何もしなければ独仏枢軸に引き寄せられるだろう。
英国は既にサミットへの中国の参加、つまりサミットの世界政府化に賛成の意向を示している。
アメリカはNATOを解体し、カナダやトルコと二国間安全保障条約を締結するか、それを「アメリカ陣営」に拡大したほうがいい。更にEUに相当するような組織をアジア太平洋諸国、メキシコ、カナダなどと構築することも視野に入れるべき時期にきている。



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